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大学教員として生きる道

著者は40歳代の都内中堅私大の准教授です。大学教員になるまでの経緯、日常の出来事などを記録します。

大学教員は事務仕事をすべきなのか?

少し挑戦的な見出しをつけてみた.

大学教員は事務仕事をすべきかどうか?という疑問だが,おそらく,国内のほとんどの大学において事務仕事はしたうえで,研究活動,教育活動をすべきだという回答が返ってくるのは間違いないだろう.だがしかし,本当にそれでよいのかという疑問を持つべきだと考える.

私が博士課程の大学院生だった時に研究のイロハを指導教員や先輩方に学び,論文の書き方,学会発表の仕方,アイデアのまとめ方,外部資金(研究費)の申請方法などを学んできた.少なからずその学びの環境には国税が投入されている.しかしながら,実際に大学に勤務しだしてから行う仕事の大半は雑用である.ともすると雑用をこなすことが仕事をすることと勘違いしてしまう危険性すら感じる.確かに最低限度の事務仕事をこなすことは,いくら教員,研究者と言えども社会人として仕事をする上で必要なことである.しかし,事務仕事が仕事のメインになってしまっては本末転倒で,本来行うべき研究活動,教育活動に十分な時間が割けない状況はよろしくない.

以前,私が勤務していた某大学では,学生活動の支援として銀行口座を4つ作成して予算を管理していた.現在の大学では1つである.本来,学生活動のための予算管理は事務が行うべきであろう.何のために国税を使って研究を進めて,論文をパブリッシュして,学会発表をしてきたのかを考える必要がある.下記の朝日新聞社の記事によるとアメリカの大学では,過去25年間に事務職員を2倍以上に増やしたという.さらにはレクチャラー(講師)と研究スタッフが役割分担を明確にしているという.日本は真逆で教員への事務負担,授業コマ数は年々,増加傾向にあるように感じる.これでは,日本が目指すべき科学技術立国の理想は遠ざかるばかりだ.

 

webronza.asahi.com

 

邦人のノーベル賞受賞などもあり,男の子のなりたい職業の第二位に「学者・博士」がランクインしたらしい.30年後,50年後を見据えた改革が必要だろう.

冒頭のタイトルに対する個人的な答えは,時間を上手に使って事務・雑用処理もしっかり行って,研究,教育に励むというのが現在,できることというか,それしかないのだが,国,大学レベルで考えると,改革が必至だ.

大学教員の冬休み

新年あけましておめでとうございます.このブログに目を通していただいた皆様に感謝申し上げます.ほとんど独り言に近い内容ですが,何らか役立つことがあれば幸いです.今年も月に数回は更新しますのでどうぞよろしくお願いいたします.

 

さて本日の話題は大学教員の冬休みについて.

大学教員の冬休みはとても短い.夏休みにも書いたが,大学教員は授業以外にも多くの仕事を抱えているが,外からは見えにくい仕事が多い.そこで,12/27~1/5までの冬休み期間中にやるべきこととして抱えている仕事を箇条書きにしてみた.

 

・アンケート調査データ分析,報告書作成

センター試験の試験監督業務の確認

・学会研究助成の報告書作成

・来年度のシラバス作成

学位論文の審査

・大学体育会スポーツイベントへの参加

 

などである.一つ一つの仕事量が見えにくく,どれも奥が深く,一定のクオリティが求められる.私の場合,休みは12/31と1/1ぐらいで,あとはどの日も机に向かっているような状況がある.それでも,お正月もスーパーなどで仕事で働いている人を見ると恵まれていると思う今日この頃である.ちまたのニュースでは本日1/2の午後からUターンラッシュのピークだと言う.いったい日本は何故こんなに忙しくなってしまったのか...? 三が日ぐらいみんなで”せ~の”で一斉休暇とはいかないものか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

論文の査読

大学院生時代の苦い思い出がある.それは,初めて学術雑誌に論文を投稿した時のことだ.

 

投稿するまでに研究室の指導教員に投稿OKの返事をもらう必要があるのだが,相当の時間がかかった.指導教員のOKが出た後,投稿した後も査読結果が思わしくなくギリギリ首の皮一枚つながって再査読になった.2名の査読者の判定がB(再審査),C(不可)であったので3人目に査読が回りB判定であったので,なんとか再査読にこぎつけた.

その後も3回程,編集委員とやり取りをして投稿から掲載まで1年半ぐらいかかった.

 

研究室の先輩からも,論理的でないと指摘され何度も何度もやり直しを指導された.この経験は今では自分の財産になっているのだが,当時は何がいけないのか,素直に受け入れるのに時間がかかった.もうかれこれ,10数年前の話だが昨日のことのように覚えている.

 

そんな私が今,2つの学術雑誌の編集委員を担当している.編集委員の仕事は査読をする研究者を探してお願いをして,投稿論文に対して最終的な判断をする.若手の投稿者に伝えたいことはいつも決まっている.査読者は悪気があってコメントを書いているのではなく,前向きに改善することを望んでいるということだ.もし,甘い査読をして論文が掲載されたとしよう.その論文は投稿者の一つの業績になるかもしれない.しかし,内容が論理的でなかったり,分析方法が正しくなければ,間違った形で世にでることになる.そうすると,雑誌の発行者,つまり編集委員編集委員長は責任問題になるかもしれないし,投稿者自身はもっと大きな責任を問われる可能性もある.つまり,その論文の読者が内容を参考にして,次の実験を行ったり,教育に活用したりすることがあり,誤った情報が世に広がると非常にまずいことになる.

 

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だから,どのような研究誌であったとしても,基本的に正しいことは正しい,間違えていることは間違えていると伝えなければいけないのが査読者,編集委員の責任ではないだろうか.そうである一方,若手の研究者が行った研究の内容が論文になって,世の舞台にでることも重要だと思う.若手研究者ならではの研究の着眼点は面白くても,まとめ方がこなれていない為に論文にならずに,消えていくのはもったいないと感じる.

出張先のホテルについて

 

大学教員は裁量労働制なので決まった時間に同じ研究室内で時間を過ごす必要はない。学内にいることもあれば、国内外に出張して研究の打ち合わせをしたり、学会に参加したり、講演会を頼まれたりすることもある。場合によっては授業を休講にしても学外で仕事をする必要が出てくることもある。

 

私の場合は時期にもよるが月に2〜3回は飛行機や新幹線に乗って、あちこちに行く。出張が多い方か、少ない方か分からないが会社員をしていた時はもっと出張が多かったように思う。

 

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出張には大抵、宿泊を伴うのでホテルを選ぶのだが、ホテルの選び方を間違えると後々、手間がかかる事がある。一番重要視するのはアクセスのし易さである。安くて設備が良いホテルもあるが、空港や目的地からのアクセスが悪いと移動に時間を要したり、交通手段を検討するのに手間がかかる。

 

そこでアクセス重視で何件かに絞り、その中から値段、雰囲気、部屋の広さ、朝食サービス、レビューを調べて、最終的に一件を選ぶ。

この作業はまさに研究者が、論文データベースの沢山ある論文の中から、キーワードと内容から参考になる先行研究を調べる作業に似ている。時間が永遠にあればじっくりと検討することができるが、素早く最善の選択をすることが求められる。論文の場合、いざ読み始めてみると実験法などが手薄だったり、分析が甘かったりして、後からその論文を読んだことを後悔したりすることもある。

 

話をホテルに戻すと、先日の出張で利用したホテルはアクセスは良かったのだが、部屋が密室でホコリっぽい感じがした。そうすると熟睡できないし、落ち着かない感じがした。結果的に仕事のパフォーマンスに悪影響が出ることが懸念されるぐらいのレベルであった。過去に別のホテルでは、アメニティが全てフロントにあり、後から取りに行かなければいけなかったり、シェーバーが安物っぽく、切れ味が悪く手間がかかったりと出張先で余計な仕事が増えてしまうことがあった。そうであるならば、始めから4つ星、5つ星のホテルを選択しておけば良いのだが、出張旅費の規定で宿泊費の上限が決まっている。限られた予算で如何に理想の宿泊先を選べるのかはもはや出張の楽しみの一つにさえなっている。

 

優秀な秘書が最適の工程とホテルを予約して準備してくれるような教授になれれば良いが、出張の手続きを自分でおこなっている以上、上手くやるしかないですね。

英語力を鍛える

 

日本人の私たちが海外に行くと苦労するのが語学である.特に英語は中学生から勉強しているにも関わらず,海外の方と実際に話したり,英語の書籍や論文を読んで理解するのは難儀する。

 

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語学の能力は,”話す” ”聞く” ”書く” ”読む” の4つの要素があるが,特に私が英語教育を受けた20~30年程前は ”読む” に特化していたように思う.

私自身もいつかは英語で会話したり,チャンスがあれば海外で仕事をしたいと考えて,これまでも何度も英語にチャレンジしては挫折を繰り返してきたので,その経験を今後のためにまとめてみたい.

 

私が受けてきた英語教育

  • 中学生時代(3年間):学校の授業,塾の授業 高校受験
  • 高校時代(3年間):学校の授業 大学受験
  • 予備校時代(1年間):講義、大学受験
  • 大学1,2年(2年間):講義
  • 社会人1~4年:英会話教室
  • 大学院生時代:英語論文を日本語訳
  • 35~40歳:不定期にインターネット英会話

 

こうやって振り返ってみると,いつにさかのぼっても英語を本気で長い期間,勉強してこなかったように思う.数年,数か月単位に,ちょっとやってはちょっと休んで,という具合なので一向に語学力がUPしなかったのだと思う.

コツコツやることが大切なのはわかるが,英語を専門とするわけではない私が英語学習に時間を費やすぐらいなら,もっと優先順位の高い時間の使い方があると思ってきた.

 

それが,この最近,少しは英語で話したり聞いたりできるようになってきているのではと感じることもある.もし,トータルの学習時間が一定の語学力をつけることに大切なのであれば,30年近くかけてようやくその域に到達してきたのかもしれない.あるいは,この数年取り組んできたインターネットの英会話が良いのかとも思っている.

 

日本人で生まれた以上,英語に対するコンプレックスを克服することはかなりハードルが高いかもしれないが,見えないゴールに向かって,勉強し続けて少しでも語学力を身に着けるしかないのだと思う.一番大切なのは,学習の方法論ではなく英語力をつけたいと思うモチベーションを維持することなのかもしれない.

国際学会に参加する意義

先日,国際学会に参加してきた.

学会に参加した目的は,1)自身の研究発表を行う,2)世界の新しい情報を得る,3)国内外の専門家との交流,4)訪れた国の風土に触れる,などであった.

 

私は今までに国際学会で何度か発表してきたが,自分で言うのもあれだが,発表自体にはそれほど問題ないと感じてきた.英語力の問題もあるのだが,発表は原稿を作成して練習をしていれば何とかこなせると感じる.しかし,問題は発表後のディスカッションタイムである.最近の傾向として口頭発表はディスカッションタイムが長くとられていると感じる.ネイティブとの議論で研究の詳細について,質問の意味を理解し的確に回答することが求められる.しかし,この質問の意味を理解することがなかなか難しかったりする.文化的な背景が異なったり,英語になまりがあったりするとなかなか理解しづらい.特に今回は,マイクの話し声がスピーカーを通して会場全体にはいきわたるが,舞台には届きにくく,発音が聞き取りにくく感じた.いや,しかし,そのような状況でも的確に英語を理解することは求められる.語学力アップについては別の機会にまとめたいと思うが,多くの日本人にとって国際学会での発表は英語力が一番問題となることは間違いない.

 

特に私が専門とする分野では,北米,欧州,豪州が進んでいる.進んでいるというよりは,研究にかける予算が,わが国に比べると一桁,いや二桁ぐらいことなる.私が科研費で何百万円かで行っている研究を,数千万~数億はかけているという印象は受ける.だがしかし,研究はお金を掛ければ良いってものじゃない.小規模でも新しい視点や大事なテーマに取組むこともできるし,インパクトのある内容でアピールすることもできる.そこはアイデア次第だろうが,国を動かすような巨大プロジェクトにはやはり予算は最重要だ.

 

国際学会に来ると必ず交流の場が用意されている.立食形式の休憩所でコーヒーブレイクの時間が設定されていたり,特設会場でディナータイムがあったりする.そのような場面で,海外の研究者と名刺交換をしたりディスカッションすることは大変有意義だ.また,国内の研究者とも国際学会でより密な議論をすることもできる.せっかく国際学会に来ているのだから,国内の人とばかりつるまないで,海外の研究者と交流するべきだという意見もあるだろうが,国内の研究者と交流を図りチーム日本としての結束力を高めることも有意義ではないだろうか?

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最後に訪れた地域の風土に触れることだが,学会には出張できているので仕事をしている以上,学会会場とホテルの間しか行き来してはいけないということが理想なのかもしれない.しかし,空いた時間に観光に行くことは許されるべきであろう.そこに住む人々の暮らしや歴史,文化に触れることは絶対的に必要なことだ.そうでなければ,WEB会議でも良いし,論文だけ読んでいれば比較的新しい情報を手にすることができる.国際学会に来ている以上,その国の文化や風土に触れ,自身の研究とのつながりや各国の情勢などぼんやりと考えることも必要だと思う.

 

人間の思考回路は同じ環境にいては,段々と固定化してくるように思う.新しい環境や人との出会いなどの刺激を受けて,それを今までの自分の思考と組み合わせることで,アイデアを成就させ次の研究に取り組むことが有効だろう.そのように考えると国際学会への参加は大変有意義で年に何回かは海外に出かけられることが理想だと感じる.

 

 

図書館を利用せよ!

研究や勉強が進まなかったら図書館へ行こう.

 

私は以前勤めていた大学で図書委員を行っていた.

大学の教員が図書委員で何をするかって,それはもう図書館の運営そのもので,どうやって学生を図書館に来させるか,どうやって図書の貸し出し冊数を増やすのか,あの手この手で考える委員会であった.図書館を利用する側の立場では,図書館の職員って融通がきかないなぁとか,もっと貸し出し冊数と日数を増やしてくれたらとか,文献複写をもっとスムーズに早くやってほしいなとか,要望ばかり感じていたが,運営する立場になると,図書館の運営にそんなにコストかけているんだとか,古い本を処分する手続きだけでも簡単にはいかないんだなあとか,何で学生はもっと図書館を利用しないのかなとか考えるようになった.

 

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やる気がない時でも,図書館に行くと必ず一所懸命に勉強している人がいる.そのような人をみるとやる気になるものだ.心理学ではモデリングといって,自分と同じような境遇の人の行動をみると自分にもできるのではと思えてくることを言うらしい.

そして,図書館の個室や学習机で論文を書いていると,そのようにしている自分ってなかなかイケているのではないかと思えてくる.そのような状態になると占めたもので仕事が随分はかどる.

 

研究者にとって論文を書くことは重要な仕事の一部だが,なかなか文章が進まないときもある.一日一文章を書くと年に何本もパブリッシュできるのだろうが,私は論文を書くときにまとまった時間がないと思考ができない.また,頭の中で論文を書くスイッチを入れるのに一苦労でそのスイッチが何処にあるのか分からなくなったり,スイッチがすぐに入りにくい.パソコンで言うと何年も使い古していて,起動させてからスムーズに動くのに時間が掛かるような感じだ.だからこそ,ウォームアップが必要で研究の環境を整えることによって,脳がスムーズに働き始める.似たような感覚を持つ人もいるのではないだろうか?

 

今は文献検索は随分楽になった.20年前と比べると雲泥の差で,インターネットの普及のおかげで世界中のありとあらゆる雑誌が短時間で手に入るようになった.逆に情報の渦の中,如何に質の高い論文から情報を得るのかが研究を進める上で重要なテクニックとなる.そして便利に情報が手に入るようになったからこそ,図書館の存在意義として学習環境の場を提供することが重要ではないだろうか.そうであるならば,やる気が出ないときこそ,図書館を利用して自分に鞭打って頑張って勉強するのだ.