大学教員として生きる道

著者は40歳代の都内中堅私大の准教授です。大学教員になるまでの経緯、日常の出来事などを記録します。

目標設定

2018年もスタートして早いもので既に半月が経過した.

 

私は新年のルーティンとして,この1年の目標を立てて紙に書いて,毎日見えるところに掲示している.

 

今年の目標は,国際学会2つ発表,国内学会3つ発表,論文3本,その他研究推進,学内貢献などである.

 

この立てた目標がどの程度達成できたかは,新年の目標を立てるときに昨年の出来具合を自身で評価している.毎年,達成率は70~80%と言ったところだ.

 

何故,100%,或いは120%の達成を成すことができないのか私なりに自己分析してみたところ,年始の当初に計画していない,すなわち想定外の仕事が入ってくることが挙げられる.例えば,論文の査読,重要な人物にお願いされる仕事,学内外の想定外の雑務などが挙げられる.具体的に昨年度,引き受けた想定外の仕事して学会の理事,評議委員としての活動,助教への研究指導,国際学会の運営委員などが挙げられる.

 

しかし,これらの想定外の仕事は,私自身の仕事の幅,人間関係を広げたりすることもできるので,なるべく引き受けるようにしている.ということで言い訳がましいが目標達成率が100%まで行かないことは私のなかではOKということにしている.

 

最も重要なことは,昨年に何が達成できて何が達成できていないのかを振り返ることであり,次の1年に何を目標にして行動していくのかということを明確にすることである.ということで,既に1年の24分の1が過ぎてしまったが日々,時間を無駄にせず頑張ろう.

 

 

論文の査読(国内誌)、パートⅡ

以前、論文の査読について下記の投稿を行なった。

今回はそのパートⅡ

 

shiranaitoson.hatenadiary.com

 

ここ数年、査読を引き受けるようになって感じるのは、どうも年間のサイクルで査読をする機会が多いのは年末のようだ。何故、年末が多いのかは幾つかの理由があるだろう。まず、学会シーズンが終わった後の晩秋ということが考えられる。次に今年度中に論文をパブリッシュするための最終時期であることが挙げられる。さらには、学位審査、昇格や採用の資格審査に間に合わすということもあるのだろうと思う。

 

いずれの理由にせよ論文を投稿することは研究者の大切な仕事の一つなので、査読をする機会が与えられた場合には、こちらも仕事の優先順位をチェンジして査読に取り掛かることにしている。

 

担当するジャーナルのレベルにもよるのだが、よほど酷い内容でなければ丁寧に査読を行い要修正で返却することが多い。特に若手の研究者が書く論文はアイデアに優れ世に出た方が良いという判断もあるし、教育的な意味を含めて丁寧なチェックと指摘を心掛けている。最近の若手研究者が国内誌に投稿する論文は、海外ジャーナルでリジェクトされてランクを落として、日本の学会誌に投稿して来るような例もある。或いは海外誌のようにアイデアの一発勝負で雑な文章で投稿してきたり、既に海外で行われた研究を単に日本人を対象にしただけのような研究もある。この様な研究のオリジナリティの判断も重要である。査読をする側も常に最新の情報に触れる機会を作っておかなければならない。

 

さらに、日本語の国内学会誌の査読や編集を担当する立場として思うのは、日本語ならではの丁寧な説明や分かりやすさも重要だと思っている。何故ならば論文はアクセプトされることがゴールではなく、日本語の論文が公開されることにより研究の成果を多くの日本人が理解することに意味があると思うからである。英文誌に沢山の研究業績があり、未だ安定した職につけない若手研究者は是非、この辺りのことをしっかりと理解して、国内の学会誌、或いは商業誌などに投稿して欲しいとも思う。

 

 

 

 

研究はやっぱり楽しい!

久しぶりに実験をした.

 

大学にいると教育や事務仕事にかける時間が多くなり,思うように実験が捗らないが,私は年に数回は研究を進めるためのデータ取集を行っている.

私はヒトを対象とした研究を行っているので,研究のヒントは常に人にある.実験をすると論文には記載しないような新たな発見がある.今回の実験も,わくわくするような,やっぱりそうかー,何故,そうなんだろうか? など様々な疑問が沸いたり,今までの仮説が検証されたりする.まさに机上の空論ではなく,現場で起きている事象をとらえることができる.本来ならばこのような楽しい時間を沢山作りたいものだ.

 

准教授になってしまうと,PDや博士課程の院生時代のように研究に時間を割くことが難しくなってしまう.これは,職を探しているPDや助教に伝えたいがテニュアをとることが良いか悪いかという議論もあると思う.もっと研究をしたいと思う方は安易に大衆大学や地方大学のテニュアを獲ってしまうと思うように研究が捗らない状況は容易に想像できる.そして,研究への情熱を失う危険もある.任期のある職に就いていた時の方がやらなければ次がないという危機感が研究への情熱を生み,研究成果をあげることができればより良い環境で研究ができるという夢を抱けると思う.

 

 

任期付き助教について

任期付き助教であった時に,旧友になんの仕事しているの?と聞かれ「今,にんきつき助教だよ」というと,人気がある教員なんだね・・・と言われ,いやいや「人気があるのではなく,任期があるのだよ.」と言って笑い話になったことがある.

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さてこの任期付き助教の学内での立場だが,大学によって様々異なる.私自身も任期付助教をいくつかの大学で経験してきたが,研究個室があって,准教授や教授とほぼ同じ扱いの大学もあれば,教授の傘下で机一つだけ研究室の端に確保されていたり,中学や高校と同じ職員室のようなところで過ごしたこともある.

 

今回はこの任期付助教について話をすすめたい.

 

大学教員をしていると様々な仕事を引き受ける場面があるが,どこまでが仕事かその範疇に悩むことがある. 

最近,微妙に感じるのは助教への研究指導だ.

 

助教文部科学省によって下記のように定義されている.

助教(じょきょう)は、日本の高等研究教育機関において、学生に対する教授、研究指導、または自らの研究に従事する教員のことであり、2007年4月1日より正式に導入された。 大学の場合、現行の学校教育法では、教授、准教授、講師の次の職階に位置する。

 

しかし,実際には教授の補助であったり,授業補助をおこなう場合もある.これは大学によって異なることがあるのだという.先に挙げたように実際に私も助教を経て准教授になったので大学によって助教の業務内容が異なることは身を持って経験している.助教の仕事が大学によって異なることは下記のJrec-inの公式サイトに紹介されている.

 

Case.7 助教なのに!?

 

私が勤務する大学では,多くの大学と同じように助教に任期期間が定められているため,助教の任期更新には一定の業績が必要である.その業績は本人が努力して自身の研究テーマに沿って学会発表したり,論文を書く必要がある.しかし,本人にその能力が著しく欠損している場合もある.そもそも本来,助教に採用される時点で一定の研究能力があることが前提なのだが,助手と助教が混同していた時代の遺産もあり,研究能力が全くない人物が助教に採用されている例もある.

 

学部生より低レベル,統計が分からない,英語どころか日本語,専門用語が通じない,期限を守らない,我が強い,などなど全く困った助教を指導するのが私の仕事の一部になっている.

 

本来,研究方法論は学生時代に学ぶべきだが,それを学ぶ機会がなかっただけだろうと割り切って研究指導している.聞いた話によると部下に仕事を強制するのは,パワハラになるらしい.つまり「任期を更新するためには論文を書け」と口に出して言うことは「アウト」のようだ.しかし,部下に仕事を教えないこともパワハラになるらしい.つまり論文の書き方を教えないことで任期切れになることもパワハラらしい.じゃあどうすりゃいいの・・・

 

一方,平成26年中央教育審議会がまとめた「大学のガバナンス改革」では,人事に関する学長のリーダーシップとして「教授会での教員業績審査に際しての利害関係者の関与の有無や,教育研究業績が十分であることを確認しているか,といった選考の手続や,判断の適正性の確保に努めるべきであり,適正でない場合には,教授会に審査を差し戻すことがあってよい」としている.

「大学のガバナンス改革の推進について」(審議まとめ)(平成26年2月12日 大学分科会):文部科学省

 

一体全体,私が助教の研究指導をする必要があるのか,の答えは深い深い闇の中で私の心の底にある.

本来,研究の進め方など基本的なことは大学院で学ぶべきことだ.

最終的には本人が頑張るしかないのだが,頑張る気があってもやり方が分からないのであれば手を差し伸べようと思う.

 

 

 

 

 

 

 

 

大学教員の仕事内容

学生時代の旧友などと世間話をした際に,大学って休みも多いし,授業やって学生と楽しそうにして給与もらっていいねっと,冗談交じりに言われることがある.

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そんな時私は,「まあ,比較的自由時間もあるしいい仕事だよ.」と言った後,「そうは言うものの少子化で学生数も減る傾向で,授業だけでなく雑用も多いよ.」という話を付け加えます.それ以上は,細かな話になるのでその場はしのぎますが,ではその雑用を含め,大学教員の仕事って一体何があるのだろうかと振り返ってみることにした.

 

「教育」

・授業,授業準備,試験,採点,成績つけ

・授業研究

 

「研究」

科研費研究,研究計画作成,研究実施,データ収集,論文作成

・学会発表(年4-5回)

・研究会出席(年5~6回)

・論文執筆(年2~3本)

・論文査読(年5〜8本)

 

「社会貢献」

・市民講座

・講演

・地域のイベント手伝い

 

「事務・大学運営」

・入試業務,AO入試,一般入試,センター試験,地方入試

オープンキャンパス

・会議,学科会議,図書委員

・サークル活動顧問

 

【一般的な一日の時間】

9:00 出校

9:00~10:30  メールチェック,返信,打ち合わせ

10:30~ 授業

12:00~13:00 昼休み

13:00~ 授業

15:00~17:00 学生対応,事務仕事

17:00~20:00 研究,授業準備

20:00~  帰路

 

こんな感じではないだろうか.

残念ながら普通の会社員と何ら変わり映えのしない平凡な1日だ.私のような,中堅私大で,まんべんなく様々な業務を遂行する教員が一般的だろうが,自分は研究しか興味がないとか,尖った教員もいるだろう.そのような立場に憧れはあるが,今の私の環境ではちょっと難しいのが現状だ.

 

だが,夏休み期間(約50日),春休み期間(約60日間)はこればかりではない.

長期休みの過ごし方は別の機会に触れてみようと思う.

 

 

任期付教員の更新について

大学教員はたとえ教授であっても任期制で雇われているケースもある.


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幸い私は任期のない准教授として雇われているが,同じ職場には任期助教,臨時職員,研究員,非常勤など様々な立場の人が協力して仕事をしている.

 

もちろん,色々な立場があって個々人によって様々な働き方があることは良いのだが,時と場合によっては同じ仕事をしているのに立場が異なることや,場合によっては職階が上であるにもかかわらずロクに仕事もしない・・・など,嘲笑,揶揄,嫉妬など複雑な感情を無意識または意識的に持つ場合もある.

 

任期制の場合,3年更新最大5年まで,だとか5年更新再雇用ありとか様々な条件が付く.

 

そこで,教員の力量を平等に評価しようとした時に利用されるのが研究業績であったり,教育歴,社会活動などであったりする.しかし,あまりにも露骨にこれらが教員の評価指標に使われると「研究を何のためにするかという」根源的な問いに対する答えが,「任期を更新するために」とか,「職階を上げるために」とか本来の目的から外れたところに研究目的が置かれるので,それも危険である.

 

しかしながら,一定の研究能力,教育力を有することは大学教員として仕事をしていくために必須の能力だ.若手の任期付教員の中には,教育歴がまったくなくその職に就いているものもいれば,逆に研究歴が全くなくその職に就いているものもいる.それらの教員に対して教育をしていくことも,組織としては必要なことだ.私自身も30歳代前半で大学に就職した際には教育歴が全くない状況から,少しずつ経験を積ませていただく機会を得てきた.

一方では,博士の学位を取得して何年も経過しているが,教育・研究の職に就けない者もいる.平等に評価することは難しいが,任期更新のための最低限の研究業績のリクワイアメントをクリアできない教員は若手の優秀な方にその職を譲ったほうが良いだろうと感じる今日この頃である.

 

 

 

既存の価値観にとらわれるな!!

研究をするものにとって,オリジナリティは重要なキーワードだ.

オリジナリティとは,ウィキペディアによると独創性,独自のものと記載されて,複写、複製の対義語として紹介されている.

 

研究の重要な視点は,今まで誰も思いつかなかったこと,経験したことがないこと,つまり新規性や独創性があるかどうかが重要だ.

では独創的な研究はどの様にしたら可能になるのかは興味深いテーマだ.

この疑問に対して私は明確な答えを持っている.

 

独創的な研究を行うには独創的な発想が必要だ.

さらに独創的な発想をするためには,独創的な発想ができる環境が必要である.

 

ではその環境とは何かというと,それは人とは異なる環境に自分の身を置くということだ.発想を変えるには自分の生活環境を変える必要がある.つまり,毎日同じ電車,同じ道,同じ建物,同じ部屋,同じ人間関係の中にいてはなかなか新しい発想をすることは難しい.

したがって,研究に行き詰ったり,新しいアイデアが浮かばないときは自分の回りの環境を変えることから始める必要がある.逆にいうと環境さえ変えてしまえば,脳に新しい刺激が入り新しい発想が生まれるといえる.

 

数年前だがあるゲームメーカにて仕事で打ち合わせる機会があった.その打ち合わせ場所はゲームメーカの社内であったのだが,会議室ではなくオープンスペースで3~4階ぐらい上から人工の滝が流れていた.ともすると滝から流れる水の音で会話が聞き取りにくい程なのだが,いつもとは異なる雰囲気で打ち合わせをすることができた.

別の某大手製薬メーカを見学をした際には,広大な敷地の一角に屋根の上から野菜が育っている木がある部屋があった.

 これらは,全て新しい発想をするために環境を人工的に変化させている例だ.

 

話は変わるがノーベル賞受賞者にかなり近い位置にいる有名な研究者の講演を聞いた際に,その方は京都大学では落ちこぼれであったが米国に留学して一気に才能が開花したとおっしゃっていた.この例は環境を変えることによって,人の行動や発想が変わるということだと思う.

 

したがって,既存の価値観にとらわれることなく,思い切って新しい環境に身を投じることで化学反応が起こり,新しい発想で仕事をすることができると思う.