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大学教員として生きる道

著者は40歳代の都内中堅私大の准教授です。大学教員になるまでの経緯、日常の出来事などを記録します。

研究者の実力は論文の本数? それとも論文の内容?

大学教員を目指す大学院生,PDにとって論文の本数はとても重要だ.

博士号を取得するために,学術雑誌へのアクセプトが条件になっているケースもあるし,最近は,英語論文でのアクセプト2~3本が博士号の条件になっている大学もある.したがって,博士号を持っているということは英語論文が書けるということは当然であるという見方が一方ではあるといえる.大学教員を目指す若手研究者にとっても,論文の本数は多い方が一般的には優秀な研究者であると見なされると思う.

 

私が専門とする分野は自然科学系なので,人文社会学系では同じことは言えないかもしれないが,論文の本数は多い方が研究者として,あるいは教員として高い評価を得るのは当然であると思う.

 

しかし,若手研究者へのメッセージとしてこれだけは勘違いしないで欲しいと思うことがある.論文は人に評価されるために書いているのではないということだ.研究は社会の未解決な事を明らかにしたり,未知な分野を開拓することに意味がある.営業マンが売り上げで社内で評価されるのとは訳が違う.自然科学系の研究者にとって論文の本数を増やすことは簡単であると思う.同じ分野の研究を続けているのであれば,対象者を変える,方法を少し変えるだけで論文が量産できる.このような方法で,研究業績が沢山ある若手研究者はすぐに見抜かれる.大事なのはオリジナリティ,社会的意義,新規性,インパクト,イノベーションを起せるか,などではないだろうか?

 

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若手研究者にとって数をこなすことと研究の質を高めることの両方が必要だが,あえて言うならば数は重要だ.研究者は歌手や画家と似ていると思うのだが,一発ヒット曲,ヒット作品を出すと一躍有名人になるがそのあと続かない歌手や画家がいる.以前,バルセロナピカソ美術館に行ったときに,ピカソが若い頃に描いた絵画がびっしりと数多く展示されているのを見た.絵の内容は,ピカソの有名な奇抜な作品ではなく,ごく普通のスケッチなどが大半であった.そのような多くの作品を描くなかで,ブレークスルーするポイントがあったのだと思う.はじめからオリジナリティが高く,高インパクトな研究はそう簡単にはできない.そうであるならば,1つ1つ確実にこなしていくような取組みも重要だ.その中でブレークスルーするような域に達する研究がなされると思う.

 

しかしながら,これまでの私の経験上,論文の本数が多いからといって大学の教員公募を通過するとは限らないことは伝えたい.大学教員に採用されるか否かという視点ではマッチングが一番重要だと思う.これはもう,結婚と同じで相手(採用する側)と自分(採用される側)の相性が合うかどうかの方がより重要だと思う.極端な話,大学によっては研究に勢力を出すのならば,教育や事務仕事,学生募集に力を注いでほしいと思っているところもあると思うし,一方,研究をしっかりと行い次世代の研究者を育成して欲しい大学もあるからだ.人事の数だけものさしがあるということになるのであろうが,結婚相手を見つけるときに女性が花嫁修業をしたり,花嫁道具を用意するのと同じで,もちろん男性もきっちりと職業につき男を磨かないといけないのと同じで,研究者である以上,研究業績はしっかりと準備しておいた方が良いだろう.その時に論文の本数なのか論文の内容が評価されるのかは,最終的にはお相手となる大学側の判断になると思う.