大学教員として生きる道

著者は40歳代の都内中堅私大の准教授です。大学教員になるまでの経緯、日常の出来事などを記録します。

チャレンジする勇気とやめる勇気

1.何かを成すためには何かをあきらめる必要がある.

2.どんなことにも挑戦する勇気が必要.

 

この対立する2つの事象,どちらが正しいのか,いつも考えながら行動している.

基本的なスタンスとして,何かにチャレンジして無駄になることはないという信条を持っている.たとえ失敗したとしてもチャレンジしたことは,必ず次につながると思う.しかしながら,大学院を修了しようと思ったら仕事をやめる勇気は必要だと思う.特に後期課程においては仕事をしながら博士号を取得するのは,相当な努力が必要だ.

 

私自身は,サラリーマンをやめて大学院に進学した経験がある.大学院の学生時代は,学生寮に宿泊し,薄給の職に就き,家庭教師などのアルバイトなどで何とか20歳代,30歳代前半を食い繋いだ.本当は仕事をせずに学問に没頭したかったが生活ができないと学問さえできない.

最近の社会人向け大学院は,働きながら修士課程を修めることができることを売りに多くの大学で開講している.多くの人が学問にチャレンジできる環境が整いつつあることは大賛成なのだが,本業を継続しながら論文の作成にあまり時間をかけず片手間のように仕上げ,審査を通すことには反対だ.

吉田松陰は,「学は人たる所以を学ぶなり」という名言を残している.

 

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学問を出世のためだとか,名誉,名声のために行うことは本末転倒で,”人として正しい生き方を学ぶことにある”という意味のようだ.修士号,博士号の修得は企業や研究機関では次のステップに進むための重要なマイルストンの役割をしているのかもしれない.最近の大学における教員資格審査は厳格で,論文の数,雑誌のランクなどこと細かに調べる傾向がある.そのこと自体は教員の努力を正しく判断するという意味で重要なことだが,業績を上げることが目的になっている人を見かけると残念な気持ちになる.そして先に挙げた吉田松陰の教えにもどる必要性を感じる.

 

人生はチャレンジする勇気,やめる勇気の二者択一の連続だ.何にチャレンジして何をやめるのか,日々葛藤しながら後世に何かを残せればと思う.